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酔っ払いと公衆便所

アカン吐きそうや

料理の欠人

男子厨房に入らずなんて言葉があるが今は進んで料理する男子が増えたと思う。多分趣味的なモノもあればガチで食うためにやってる人もいる。器用になることは良いことだと思うし私も大賛成である。 じゃあおめーは料理するのかよ と言われれば、 する。 です。 料理なんて簡単に言えば煮る、焼く、揚げる。火加減にさえ注意しておけば大抵食えるモノができるのである。味加減なんて薄味から初めて、塩、醤油を加えて整える。みりんなんて初心者は使わなくてよろしい。ほかの調味料だって同じである。何度も同じ料理で同じ味を出せるように待ってから工夫していけばいいのである。なので私はコンソメスープからそばブチまで一通りできるガイである。ただおいしくできている自信はない。食えればいいのである。私自身あまり食欲がある方ではないのでおいしかったら毎日おこわだけで良いし、うどんでもいい。sかも一日一食で足りてしまうのでかなり燃費のいいからだである。しかしマイルのが他人が作った飯を食うのがとんでもない苦痛なのだ。

うちの元カみさんは元々少し頭のねじがゆるんでいたのだが、料理ができない。ただできないのではなくて。自分ではできているつもりなのである。これがまいった。たとえばカレー。これを失敗する人は少ない。材料を切る、炒める、煮込む、灰汁を取る、カレールーを入れる。異常である。 彼女は、切る炒めるまではできる。しかしその後牛乳を一パック半鍋で炒めてある材料にぶち込む。にる。どうなるのか?牛乳の主成分は、脂肪とタンパク質である。加熱すると水分が飛んでざらざらのペースト状になる。ペースト状になってしまうとほかの材料に火が通らない。鍋の中はヘドロの浮いたどぶ川のようになる。

にっこりと笑顔の嫁に どうぞ。 と言われ私は背筋の凍る思い出食べる。食べた感想は、腐ったレバニラいためである。しかもやたら辛い。 タバスコが入っている。

嫁は笑顔である。私は顔面蒼白である。 マズい。 とはいえないうまいまずいの判断は最低限食べ物でなくてはいけない。目の前にあるのはヘドロをかけたご飯である。 うまいまずいで評価するのは間違っている。私はくらくらして、「これからは水で煮込んでくれろ」といって昏倒したのである。

後日。また妻がカレーを作った。 今度は水から煮込んでくれただろうね? ときくと はい。 といったのでよそって食べることにした。たべた。子供の頃ふざけてくちに入れた用水路の雑草の味がした。ソレとともにざらざらとしたカレーにあるまじき舌触り何かの繊維が噛んでもいない奥歯にからみついている。もはや食い物の限界を超えている。どうやって作ったかと聞くと材料をすべてすり下ろしたととんでもないことを言う。こんな暴挙をすると材料の中の繊維質がうまく分離せずとんでもない青臭さと歯に絡まる食物繊維が生まれてしまうのである。狂気のカレーである。なるほどね。と思った。嫁は お肉は入れてないの。 と言ったがそんな問題じゃない。

私は「もう二度とカレーは作ってくれるな」と言ってその場で昏倒した。妻との思いではそんなことの繰り返しである。まだ独身のみんな結婚はあんまりしない方がいいよ。

 
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